風の色

2018.04.17

ふと家の近くの県道脇で雑木林に目に止まりました。ついこの間まで、枯れた枝と霧が立ち込める白黒の林だった筈が、朝の柔らかい光を浴びて細やかで淡い色彩で彩られていました。夏の力強い色やコントラストとはまた違う春の穏やかな色でした。

春の朝、思わず暖かいととてもほっとします。日の光は暖かく、空気の冷たさはその破片をかすかに感じるくらいで、冬はもう殆ど追いやられてしまったのが分かります。そして甘い花の香りを乗せた風は淡いピンクやグリーンを私の記憶に残してくれました。木の枝からはついに若葉が飛び出してきて、山を淡い色で染めていっている様です。

 


 

花は咲いては枯れ、また違う花が咲き、季節がどんどん過ぎて行くのが分かります。もう四月も後半に差し掛かりすっかり春らしい陽気になりましたね。
春の風をモチーフにした素材の新作や、素敵なアクセサリーもお披露目しています。どうぞご覧ください。

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淡い春の風をモチーフにした色のテキスタイルです。
>>ツイルオーバーブラウス

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雌しべの様なフォルムのkikkouジュエリー。
>>KIKKOU ピアス

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雨をモチーフに、「ドビー」と呼ばれる技法を用いたテキスタイルのシリーズ。
>>雨ドビーチュニック

花と時間

2018.04.01

西脇では今週桜が満開です。すっかり春らしい気候になって、桜だけではなく家の庭や河川敷、近所の山では至る所で一斉に椿や雪柳、花桃など様々な花が咲き始めました。庭で良い形の枝を見つけては少しだけ切り、家の食卓や事務所の窓際に生けます。凄い速さで過ぎていく年度末の忙しい時期も、花の周りは不思議とゆっくりとした時間に包まれていて、早くなり過ぎている私達の時計を元に戻してくれるのです。

「生け花」と言うのも良く出来た言葉だなあと思いました。切ってしまうのだから、むしろ殺している筈なのに……。人の自分勝手な解釈なのかもしれませんが、切り花が水を得て綺麗に咲き私達を楽しませてくれるのを見ていると「生ける」という言葉の感覚が腑に落ちてくるのです。

 


 

ピンクの優しいカラーのアイテムが公開されています。春がいっそう楽しくなりそうです。是非ご覧ください。

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>>[ONLINE限定]ダブルフェイススカーフ

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>>KIKKOU no.75 pair pierce

hatsutoki books vol.28 [ 世界をきちんとあじわうための本]

2018.01.19

今年最初にご紹介するのは、人類学者を中心メンバーとする「ホモ・サピエンスの道具研究会」という、ちょっと気になるリサーチ・グループ名の人々によって出版された一冊。

呼吸すること、その日の天気に合わせてぴったりの靴を選ぶこと、一日の予定を想像してカバンの中身を整えること、足跡を残すこと。あらゆる人が暮らしのなかであたりまえに行為している営みを研究の対象に、ありふれていてあまりに当然のことゆえに普段は気づかない世界の設定や、意味にこだわりすぎて時に取りこぼされてゆくその豊かさについて考察した一書です。

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わかっていたつもりの行為や景色への解像度を上げたり視点をズラすことで、生き生きと容貌を違える世界の味わい。それは、ものづくりにおいても共通する基本的であり、大切な姿勢。「こんなところにヒントがあったんだ」と感じる力に、水を与えて感性をみずみずしく潤してくれるような一冊です。学術的なアプローチをテーマにしながら、シンプルな行為やルーティンの延長のなかに事象を捉えて提示する、あざやかで心地よい気づきと学びがきっとあります。

instagram #hatsutokibooks

盛秋

2017.10.27

10月もそろそろ終わる頃。台風22号が来る前に、せっせと稲刈りをしている風景がここ数日見られました。稲がこうべを垂れて実る田んぼを見渡すと、本当に黄金色という色の名前がぴったりだと感じます。

この頃、目に写る景色と身に纏いたい色は、深いつながりがあるんだなとあらためて実感していました。秋になって金木犀が薫ると、深い緑の葉の色や橙色の花を想像したり、紅葉が深まれば、赤から茶色へのグラデーションを自然と頭に描いてしまうもの。見渡せば、街で人が着ている服や、店にならぶものたちも、自然の流れと同調しているように思えますが、よくよく考えると不思議です。なぜ環境に合わせて、ヒトは同じ色を纏いたいと思うのでしょう。そんな動物はほかにいないですし(そもそも、服を着るのも人間だけですが)、国や地域によって好まれる色がちがうということにも深く関係していそうです。

そして、面白いのは一概に、季節や身の回りの風景だけが身につけたい色と関わっているとは言い切れないというところ。それはその個性であったり、重ねる時間であったり、感情であったり、当然だけど人によってちがうものです。そして時とともに変化するものでもあります。

一日として同じ日がないように、ヒトも毎日纏いたい色がちがうのでしょう。一生の間で、できるだけいろんな色に触れてみたいものです。


hatsutokiのオンラインストアには今季のお洋服が揃っています。この秋冬にまといたい色をぜひ探してみてください。

>>ONLINE STORE 2017秋冬のページへ

台風一過の夕方

2017.07.06

台風が過ぎ去った後の透明な空気や、眩しい光が子供の頃の記憶にありました。雨が上がって日が出たら、嵐が過ぎた安堵感もあり、なぜか少しわくわくして晴れやかな気持ちで外に出たことを思い出しました。台風一過という言葉を知ったのはその後のことだったと思います。

先日の台風の後、夕方から街中が見渡せる近所の山へ向かいました。水を得た草木も心なしか生き生きしていて、アスファルトの水たまりや店のショーウィンドウの水滴にもきらきらと光が反射して、街中が日常とは少し違う光景。台風一過の空は、風や雨で空気中のチリが吹き飛ばされ、澄んだ景色が現れます。きっと美しい夕焼けが見れるのではと期待しながら山道の階段に腰掛けて雲を眺めながら日の入りを待ちました。

hatsutoki books vol.23 [パイナツプリン]

2017.06.24

今回紹介するのは、吉本ばななのエッセイ[パイナツプリン]。『キッチン』で鮮烈にデビューしてから、作家として活動し続けてきた彼女の、初のエッセイ集。執筆した当時24才だった彼女の日常の出来事、友人や恋、作家について考えることについて。少女のようなあどけなさと、とてつもない落ち着きと冷静さを持ち合わせたエッセイは、まだどこか未完成でみずみずしさを感じます。

不安定な精神とデリケートな心を持ちながらも、家族や友人を愛し、やりたいことに前向きに取りくんで、人間らしく生きている。本当にいいなと思う。この言葉は、彼女が敬愛するスティーヴン・キングという小説家についてのエピソードから抜粋した、彼に対する思いを連ねた一節ですが、これはまさに、私自身が抱く彼女への印象。一人の作り手の、若き頃に考えていたことや目指していたものを知るのは、とても勇気をもらい、元気が出るものです。

また、この本で興味深かったのは、女性は「水分」が多くて変化が多いということについて書かれた部分。感情的な心の動きを、彼女は水の「揺れ」に例えていました。水が揺れるように、時に見ていてこわくなるような「瞬間美」のみずみずしさは女性の美しさなのだと。

これを読んで、「揺れ」はあっていいものなのだ、しょうがないのだ、とどこか救われた気分になり、それを以ってなお、たおやかにそれを乗り越えて、凛として毎日を過ごしていきたいなと思えるのでした。

近所の花 vol.6[ガクアジサイ]

2017.06.19

梅雨のはじまり、青い花が涼やかで見るとなんだか気持ちが落ち着きます。今日は道端で咲き始めた[ガクアジサイ]について。

小さい頃、ガクアジサイを見ては「いつ花が満開になるんだろう」と待ち続け、いつの間にか夏の訪れとともに枯れていってしまった記憶があります。私が思い描いていた「満開」のアジサイは、てまりのようなポンポンとしたホンアジサイだったのですが、実はガクアジサイを品種改良して、のちに生まれたものなのだそうです。

花びらのように見える部分は、萼(ガク)のかたちが変化したもの。花は萼の中心にある、小さいものを指すのだそうです。それでてっきり、萼からガクアジサイという名前がきたのかと思ったら、それも違うのだそうで。萼の部分が額縁に見えることから額アジサイというのだそうです。そこから別名を「額の花」ともいい、夏の季語として古くから人々に親しまれてきました。

「額の花こころばかりが旅にでて」 (森澄雄)

額の花を見ていると、気持ちだけが旅に出たいと急いていると詠われた句。湿気が高く、ぱっとしない梅雨の季節、それでもたしかに、この花を見るとどこか気持ちが晴れやかになって、どこかへ出かけに行きたくなりそうですね。

34°58’40.5″N 134°57’52.9″E

instagram #ガクアジサイ

hatsutoki books vol.22 [It’s beautiful here , isn’t it…]

2017.06.13

何でもない見過ごしていた風景が、どこかかけがえのない、特別で愛おしい物になってしまう。そんな魔法の様にも感じるイタリアの写真家、ルイジ・ギッリ(Luigi Ghirri)の作品集「It’s beautiful here , isn’t it…」をご紹介します。

ページをめくると、写真で映されているものは、どこにでもありそうな風景、誰も気にもとめていない物(古びた看板や、商店のショーウィンドウ、壁に生える蔦、無造作にテーブルに置かれた野菜……等々)なのです。しかし、それらの被写体はとても柔らかい光に包まれ、色彩にあふれ、精密に計算された構図、ウィットに富んだ暖かい目線で美しく切り撮られています。
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Luigi Ghirri_ルイジギッリ3

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タイトルは邦訳すると「ここは美しい場所でしょう…?」といった感じでしょうか。「ここ」とは、きっと自分が今いるこの場所や時代のことなのかもしれません。ギッリの写真を見ていると「ここ」はとてもかけがえのない場所で、美しく感じるかどうかはあなた次第……と教えてくれているような気がしてきます。

写真を愛し、写真に生涯を捧げた芸術家 ルイジ・ギッリは大きく時代を変えるような、特別な、革命的な何かを生み出したわけではないかもしれません。しかしいつ、どんな時代の誰が見ても、どこかほっとするユーモアに溢れ、記憶のなかの大切なものを思い出させてくれるような写真を淡々と、そして情熱的に撮り続けた写真家なのです。

hatsutoki books vol.21 [OPEN FRUIT IS GOD]

2017.06.01

今回ご紹介するのは、1989年生まれの東京出身の写真家・清水はるみさんの作品集[OPEN FRUIT IS GOD]。彼女曰く、この作品は”冷蔵庫に貼られたマグネットのたわいもない言葉遊びのように、主に自然の中で遭遇したセットアップのような光景をパーツとして集め、スケールの大小を問わず組み合わせたもの”だそうで、その比喩がしっくりと来てしまう、物腰軽やかで少しふしぎなニュアンスを持った写真です。

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これを見ていると「違和感」は、時に一種のうつくしさや、人を惹きつける何かなのだと思えました。私たちは日常の節々で、ほとんど無意識的に人と人との関係性や、ものとの関係性、環境の文脈を読み解こうとします。「少しわかる、だけど分かりきらない」というのは、ちょっとしたことでもとても気になってしまうもの。

独特の質感や組み合わせを捉える視線はシャープでみずみずしくて、それでいて女性らしいやさしさをも感じます。日常の中にある違和感を見逃さず、それらをを再編集することで、散文的でありながらどこか心に引っかかる作品です。

instagram #hatsutokibooks

採集について

2017.05.18

連休の数日、瀬戸内海へ足を伸ばして、ある島の海岸に行ってきました。海の水はまだ冷たくて、とてもではないけれど泳ぐことができず、海辺を散歩することに。小さい頃は、何時間も砂浜で貝殻を探すことに夢中だったな……と思いながら足元を見ていたのですが、ふと、きらきらとした貝殻の隣で打ち上げられた海藻が目に入りました。

水気を含んで、ぬるぬるしていて、手の上に長いこと持っていられるものでは正直なかったのですが、どのくらいの種類の海藻がこの海岸には打ち上がっているのか、ふとなぜか気になってしまい、集めてみることにしました。

歩いては落ちている藻を拾う。それを繰り返すうちに、海藻の水分がなくなってしまうことをおそれて、それを運ぶ容れ物を探すようになりました。さっきまではただのゴミだったペットボトルが途端にとても貴重に感じ、無心に拾い始め、海水で満たしては藻を入れていきました。

集めた海藻を眺めると、やっぱり海の生き物なのだなあと実感。その時集めた海藻は、たまたま全ての葉っぱが風船のように空気を含むような構造をしていました。漂流して、繁殖するためなのかなと思いましたが、それでも種類によってその工夫の仕方は様々で、それもまた不思議です。自然が与えた、全てのかたちには意味があるんだなあとふと実感したときでした。