hatsutoki books vol.9 [山の音]

2016.07.24

今回紹介するのは、川端康成の[山の音]。山というモチーフが、山の景色が四方眺められる西脇にぴったりかなと思ったのですが、読み返すと『八月の十日前』からこの小説は始まっており、ちょうど今頃の季節だったのでなおのことでした。

主人公の尾形信吾は60才をこえ、妻、長男、そしてその長男の嫁と鎌倉で暮らしているところから物語は始まります。実は誰もが何かしらの問題を抱えており、家族という近しい存在がわかり合えないことの哀しさに直面していく話。そのかたわらで、穏やかに移りゆく鎌倉の季節が美しく描かれた作品です。

これを読んだとき印象的だったのは、日本人特有の繊細さのようなもの。たとえば、家族に対する遠慮や優しさ、気遣いや諦め、ある種の達観のようなものも含んでいるのですが、家族とのやりとりのなかで、その慎ましい感覚がとてもいい面として描かれていたように感じました。

そして自然の描写の細やかさが、はっとするほど美しい。舞台となった鎌倉は、作者自身も終生を過ごした土地でした。小説のなかで信吾はしきりに、自分の命が限りあるものであることに思いふける場面があるのですが、その心境と重なって、日々目に映る風景の美しさが一瞬のもので、自分も常に年を重ね、移り変わっているのだということをふと思い出させてくれます。

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青垣

2016.07.18

西脇の街を囲う美しい山々の景色を言い表す言葉を見つけました。青垣「あおがき」は周囲を囲う山々が連なって青い垣に見立てた様子を表す言葉だそうです。垣は、垣根など家を隔てるものの他に、間や心を隔てる意味もありますが、街を隔てる山にも使われたのですね。

山は実際には青でなく緑ですが、青と緑の認識の境界は曖昧で、「青々とした葉っぱ」という言い方もあるので、青垣と言われてもあまり違和感は感じません。むしろ青と言われたら、記憶の中にある山々の風景は青だったような気がしてくるから不思議です。日本人の独特な感覚かもしれませんね。

言葉を知ることで山々を「街を隔てる垣」だと新しい認識を得ることが出来たのですが、日常の風景が変わって見える体験はいくつになっても新鮮です。物事は、それを言い表す言葉を知らなければ認識することが出来ません。知ることで意識がそこに向き初めて認識できるようになります。たとえばある花の名前を知ることで、今まで雑草だと思っていたものが雑草ではなくなるのです。知ることで自分の世界が広がっていく経験はとても貴重で刺激的です。年を重ねても知識を吸収することを止めずに、今見ている景色とは全く違う広大な世界を見てみたいものです。

_murata

hatsutoki books vol.8 [synonym]

2016.07.17

今回紹介するのは[synonym]というアメリカで作られた冊子。hatsutokiをお取り扱い頂いているBarnshelfにて遭遇した一冊です。(日本で手に入るのは、ここだけなのだそう!)

Leigh Pattersonというテキサスの編集者によって創刊されたもので、アートやデザイン、写真、食など多分野の要素を特定のテーマに落とし込んで、独自のセンスで編集されています。(今号のテーマは「機能美」「観測」)。規模や創刊ペースなど、この冊子について詳細は分からないことが多く、300部限定というのもあり、いろんな意味で貴重なのかもしれません。

ページをめくると、身近なものや日常の風景でありながら、非日常を感じる写真の数々に思わずどきっとしてしまいます。無機質でありながら、少し色気があったり。「それもアリなんだ」と、考え方のネジが一つとれるような感触を覚え、お店の中でつい見入ってしまっていました。テキストも短いので英文もすっきりと読みやすく、何よりもページがきれいなのでふとパラパラ眺めたり、壁に飾ったり、自由に手に取って楽しめる一冊です。

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hatsutoki books vol.7 [水の生きもの]

2016.07.11

ランバロス・ジャーの[水の生きもの]。インドに伝わる民俗絵画、ミティラー画をモチーフに作られた絵本。ランバロス・ジャーはガンジス川のほとりで生まれ育ち、水とその中に棲む生きものに魅せられるようになったのだといいます。

ミティラー画は、インド東部のビハール州で受け継がれてきたもので、もともとその描き手は女性でした。母親から娘へと、3千年に渡って伝えられてきたものなのだそうです。日照りや、長い雨期、洪水、地震、ヒマラヤの極寒の風。それらの自然の脅威に対して、作物の豊穰と家族の幸せを祈って、土壁や床に描かれ続けてきました。
 
一枚ずつ擦られた絵の色彩は鮮やかで、水の生きものが生き生きと目に映ります。背景となる水の描写も細やかでうつくしく、しずかに命が溢れている、海の中の独特な世界が描かれています。波紋のような模様や、海底に佇む水の流れ、海藻の揺らめきが一本一本の線によって表現され、日常で流れる時間の速度と少し違った時空間を感じられる作品です。

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木漏れ日の神社

2016.07.06

ここは、西脇の中心から少し離れた小高い山のふもとにある静かな神社の森。夏でもひやりと冷たい空気と、大きな杉の間からの木漏れ日がとても心地よくて、たまに訪れたくなる場所です。

小さな村の古い神社なのですが、50mほどの砂利の参道は丁寧に整備されていて、左右を囲う杉はとても立派で綺麗に枝打ちされています。きっと昔々から村の人に大切にされてきたのだと思います。参道の入り口、控えめな鳥居なのですが、くぐると心が引き締まる気がして背筋がすっと伸びるのです。梅雨がもうすぐ開けて、夏バテしそうになったらここに行って気持ちをリセットしよう、と、今から夏バテ対策を練っているのです。

_murata

hatsutoki books vol.6 [ autoprogettazione? ]

2016.07.05

今回ご紹介するのは、デザイナーENZO MARIの著書で、1974年に発表した「autoprogettazione?」(訳:セルフデザイン)というプロジェクトを収録した一冊。紹介されているほぼすべての家具が1~2種類の部材しか使っておらず、のこぎりで直角に切って釘で打ち付けるだけで完成。ENZO MARIはイタリアの工業デザイナーですが、この本は彼の作品集ではなく、あくまでDIYができるように誰でも製作できる入門書になっています。

そうはいっても、まず見入ってしまうのが家具ひとつずつの造形の格好良さ。最低限の材料で提案されたかたちは、これぞ必要美なのだなと感じます。そのなかにも、彼の遊び心がひそんでいるようで「このかたちもいいけど、脚のかたちはこう変えてみても面白いだろう?」という声が、図面や完成図をみていると聞こえてきそうに思えます。

椅子や机がほしいとき、つい完成されたかたちから想像したり選びがちですが、そのアイテムで「何がしたいだろう」「誰と一緒に使おうか?」とより具体的に考えると、実はもっといろんな自由な形の家具を一人ひとり持ってもいいのではないかと思ってしまう、そんな一冊。この本を片手に、日曜大工をしてみると楽しいかもしれません。

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砥峰高原

2016.06.27

西脇市から車で90分ほどのところにある草原が広がる砥峰(とのみね)高原。写真は以前夏に訪れた際に撮ったものなのですが、山の上に広がる高原なので、ひんやりとした空気がとても気持ちよかった事を覚えています。この日は雲におおわれていて、すかっと景色が見えたわけではないのですが、グレーの雲が緑の草原を引き立てていた景色がとても印象に残っていました。

秋はすすきが広がる高原の景色は観光名所としても有名です。映画「ノルウェイの森」のロケ地になったことでも話題になりました。美しい高原の景色はどのシーズンに行ってもきっと楽しめると思います。夏の夜、流星群に合わせて行くと、すごい数の流れ星と天の川も見れるそうです。是非訪れて見てください。

hatsutoki books vol.5 [Storm Last Night]

2016.06.25

今回紹介するのは、写真家・津田直の[Storm Last Night]。彼の祖父がかつて住んでいたという家を探しに、わずかな手掛かりをもとにはじまった、アイルランドの地への旅がおさめられています。

自身の記憶を遡りつつ歩き回るなかで、先住民の残した聖跡や、無文字文化に生きた人々が築いた住居跡、人間がかつて暮らしていた島々へ辿り着きました。風景が信仰の対象であったという古代の人々にとっては、その土地がどんな意味を持っていたのだろうかと、人と自然の関わりを考えながらそれぞれの場所を巡っていたのだといいます。

彼の捉える写真は、場所を決定づけるたしかな何かが写されているわけではない、自然の景色がほとんどなのですが、その風景になぜか固有の力強さを感じます。土地の空気や魅力というのは、そこにかつて人が住まった記憶や生き物の気配のようなものが蓄積されることで作られるのかもしれないと思うと、日常や旅先での風景もどこか特別に感じそうです。

水の季節

2016.06.24

湿気に包まれて少し身体が重たいような。すっかり梅雨に入って雨が続いています。この季節になると、草木は一気に成長するようです。水々しい毎日は植物にとってはとても気持ちよいのでしょう。

ふと雲の切れ間から差し込む光は湿気で拡散して柔らかく、夏のそれとはやはり違います。同時に水気を含んだ草花がきらきらと輝くので、水の季節ならではの美しい世界が現れるのです。普段が薄暗い為か、余計にその一時の感動が大きいのかもしれません。

「梅雨は憂鬱」と思い込んでいたのですが、この土地に暮らす限りはそうでもないかもしれません。朝、すぅっと深呼吸した時の、少し冷たく潤った空気はとても新鮮で身体に染み渡るような感じがします。雨は草木にとっても人にとっても、生きる力のようなものを与えてくれるのかもしれないですね。

_murata

hatsutoki books vol.4[造形思考]

2016.06.20

「芸術の本質は、見えるものをそのまま再現するのではなく、見えるようにすることにある」。音や光や運動と造形の結びつきについて考えつづけた画家パウル・クレー。今回紹介するのは、彼が遺したメモを編纂したものです。彼の作品がどのような方法論に基づいて描かれているのか、その軌跡が記されています。

クレーは絵画表現における線、明暗の調子、色彩など、画面を構成する要素一つひとつをひも解き、それぞれが何を体現し得るのかを制作を通して研究を繰り返しました。白という色は黒の地があることで存在でき、黒という色も同じく、白地があるからこそ認識できるというように、たとえば紙に筆を立てることからそもそもの行為について絵画を考え、意味を与えて作品を作っていました。

いま自分たちが生きている世界というのは、いろんな経験や現象に溢れては過ぎ去っていきますが、その「混沌」から「秩序」を見つけて昇華させる作業こそが「芸術家の仕事」なのだとクレーは記していました。それは、わたしたちが日常のなかで、出会う風景や身の回りのものごとから、新しい発見やものづくりのアイデアを見つけるのと近しいことかもしれません。