技術と心

2019.07.03

少し前に、私達にしか出来ないものづくりとは何なのかという話になりました(WEBメディアの取材の中での話だったと思います)。ものづくりにおいて、絶対に他では出来ないと言い切ってしまうのは、しばしば乱暴だなと思うときがあって、なかなか難しい問題です。西脇の技術は高く、確かに簡単には真似できないこともあるかと思いますが、絶対に他で出来ないか?と言ったらわかりません。

このような話が、技術の事だけに偏ってしまうのは良くない傾向です。ものを生み出す、ある人の仕事は技術と心(精神、その仕事に取り組むためのモチベーション)からなっています。どちらか一つが欠けてしまっては本当に世の中にとって必要なもの、人の役にたつものは生まれません。hatsutokiのものづくりは、この土地の空気や文化、精神と技術が一番良い状態で組み合わさったものを生み出したいと考えています。

西脇の人々の布づくりにおいての精神は、産地の成り立ちや、この地域の風土とも深くつながっているので、他の産地や、海外のそれとはやはり違うこの土地独特のものであるはずです。それは「クオリティ」に関しての考え方であったり、「経済性」と「ものづくり」のバランスのとり方であったり。

私達は、時代の中の価値観の変化を感じ取り、技術と心のあるべき姿を探りながら、領域を広げながら、押したり引いたり伸ばしたり、手探りですが地道に、ものづくりのあり方を模索できればと考えています。

 

 

長谷川商店のものづくり

2018.11.27

シルク本来の柔らかさを追求した[長谷川商店]のシルクリブタートル。この冬に、hatsutokiのオンラインストアに登場しました。愛知県を拠点に、世界中の高品質の糸を長年取り扱われてきた長谷川商店。糸の質からこだわり抜き、独自の糸加工の技術によって、ほかにない素材の良さが魅力です。素材やものづくりに関して、お話をうかがいました。

 

長谷川商店のシルク
長谷川商店の絹紡糸は高い技術を持つ中国の絹紡工場で、上質な繭の選定から高度な紡績加工技術を経て、日本へ輸出されています。質の良い絹紡糸は一般的なものと比べて、白度や光沢、風合いがまったく異なるといえるほどの仕上がりなのだといいます。これは三十年以上、永きに渡る絹紡工場との協業の賜物。

その絹紡糸をシルクの染色に長けた日本の染工場で染色し、絹紡糸だけでも220色という膨大なカラーを常にストックしているのは、長谷川商店の大きな特徴の一つ。そして、何よりも他社の絹紡糸と長谷川の絹紡糸が異なるのは、染色後に自社の全自動ワインダーによって、すべての糸の欠点が除去されているところ。そのしごとによって、のちの工程の生産性の高さと安全性を高めているのだといいます。

 

ふわふわとした感触のひみつ
このリブタートルに使われているふわふわとした触感のシルクは、上質な絹紡糸の表面を、自社で開発した特別な加工をほどこしています。繊維を細かく毛羽立たせて、繊維と繊維の間に空気が入り込み、それによって繊細な肌触りと、これまでにない温かさが生まれました。

もともとシルクの繊維の細さはカシミアの半分。そのシルク繊維が更に細分化することによって、これまでにないシルクの新しい肌触りが生まれたのだそうです。触ると、ウールやカシミアのようなふんわりとした触感と、コットンのようなしっとりとしたなめらかさがあります。これを服のかたちにしたときも、着る人がシルクの優しさに包まれているように感じていただけるデザインを心掛けているといいます。

 

ものづくりにおいて、大切にしていること
「シルクの良さをいかに引き出すか?」これを常に考えているということばに、あらためて素材への強いこだわりを感じました。シルクを身に纏う喜びを一人でも多くの方に感じてほしいといいます。

ふわふわとあたたかなのに、しっとりとしたシルクのしなやかさや心地の良い重みも感じる一着。ぜひチェックしてみてくださいね。

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捺染のしごと

2018.11.19

奥の方へ、長く続く捺染台。傾斜のある平面の上に生地を載せ、上から型と染料をおいて、手で一枚ずつ刷る「捺染」といわれる染色技術を持つ工場へ行ってきました。

台の傾斜は染めをほどこす生地の幅によってかわります。幅が高いほど傾斜がきつく、狭いほどゆるい。傾斜によって、どんな幅の生地でも均等に力が掛けられるのだといいます。しかし(あらためて考えると当たり前なのですが)腕が届く長さまでしか判を刷ることができないので、ある一定の幅以上のものは身体的にむずかしい。人の身体の限界によって、作れるものが決まるというのは、製造業の多くがどんどん機械化している今、とても興味深く、原始的な尊い要素のようにも思えました。

ちょっと話は飛びますが、手織りを本業のひとつとして営まれている方とお話したとき「海外には、日本の手機(手で織る機)から工業的な生産体制へ向かう急速な流れでは生まれ得なかった、機械化した手機というジャンルがある」と聞いたのが印象的で、見学をしながらそれをふと思い出していました。うかがった捺染の現場でも手捺染もあれば、セミオートの(半分機械化された)捺染機、ベタの部分を効率的に染められる機械など、時代の生産スピードやクオリティに対応して、細やかな機械化がされていました。工芸と工業の間にある、貴重な創造の現場。

工場は十一月なのに、水分を含んで少し蒸し暑いほどでした。傾斜台にのった生地を乾燥させるため、台の温度は調整できるのだそうで、現場は台から発する熱で暖かくなっていました。真夏はもっと暑いなか仕事をされていると思うと、体力勝負の仕事だと感じました。どんな美しいものも、身の回りのものは全部、職人さんの仕事でできている。それをあらためて教えてもらった一日でした。

香草工房の畑を訪ねて vol.2

2018.11.01

畑では度々、同じ土地なのに光のあたり具合やちょっとした土壌のコンディションで、同じ種類のハーブでも育ち方が全然ちがうといいます。いくつかある畑に、少しずつ植えたりすることで「なぜここでは育ったのに、別の場所では育たなかったのか」「去年はだめだったものが、なぜ今年は同じ場所でもよく育つのか」と、疑問とその解決策を見つけていくことの繰り返しで、内藤さんの畑はできていました。

上の写真の花はハイビスカス。取材にうかがった十月がちょうど季節で、ハイビスカスの花は一日しか咲かないのだそうです。花が咲いた後につく実の真紅色をしたガクの部分がハーブティーなどの原料になります。


ハイビスカスの花


ガクの部分

一日しか咲かないと聞き、植物の儚さをあらためて感じましたが、そんな命の短い花はほかにもありました。


バタフライピー

青い花をつける、バタフライピー。これは花びらの部分がハーブティーの原料となります。花だけでなく、お茶になってもきれいな種類で、花びら独特の青さが美しいハーブティーです。毎日畑の変化に気を遣い、花々の咲く瞬間も見逃さない、丹念な世話が日々必要なのを実感しました。


[リラクシングレモン]

「天気などの条件で、出来栄えも毎年変わる。農業仲間と、農家は毎年一年生だと話しています」という内藤さん。

今もこの津山の地に合うハーブと栽培法を探し、試行錯誤の日々。自然と向き合って声を聞きながら、育てることは大変だけれでも、それが楽しさでもあると話されていました。

香草工房の畑を訪ねて vol.1

2018.10.22

汗ばむほどによく晴れた、秋空が美しい十月。岡山県津山市にある、香草工房さんの畑を訪れました。

かつては、ハーブとも農業とも全く無縁の仕事をしていたという代表の内藤さん。当時の仕事のなかで、アロマテラピーに出会うきっかけがあったのだそうです。ご自身が体調を崩した時期をきっかけに、自らハーブを栽培するようになりました。

そのときから、バジルとトマト、カモミールと玉ねぎなどを混植をしてみたり、とにかく実験を何度も重ねてきたのだそう。以来あれこれ試しながら、育てるハーブの種類が少しずつ増えていきました。


これは、畑に使っているたい肥。米ぬかと枯草のみを使用して作られた手作りの肥料です。取材しているさなかも、お話をしながら内藤さんは丁寧に肥料を手でほぐしていました。香草工房の畑は、農薬を使わずに、できるだけ自然に近い状態でハーブが生き生きと育っているのだといいます。

一見すると、どれがハーブで、どれが普通の草木なのかが見分けがつかないほど。そのなかを歩きながら一つずつ、ハーブの名前と効能を教えていただきました。


ネトル


エルダー

「ネトルとエルダ、この二つは相性がいいんです。」

それはハーブティーなどとして調合するときのみならず、混植すると互いに育ちが良くなるのだそう。これは、今回畑にうかがって驚いたことの一つでした。


ユーカリ


ペパーミント

相性がいいもの同士は、混植したほうがよく育つのだそうで、ネトルとエルダ同様に、ユーカリとペパーミントも一緒に植えることですくすくと生えていました。縦や横に一列に規則正しく並べるような人工的な配置ではなく、自然の距離感で相性によって共存する関係というのが、植物でも存在するのは奥深く思えました。


hatsutokiがハーブティーを探していたのはもう半年前くらいのこと。hatsutokiの服を着るときと同じような、安心感や幸せな気分を感じられるものを探し求めていました。その土地ならではのものづくりをしているというところに深く共感し、お取り組みがはじまりました。

飲む人が、心身ともに自分を癒し、いたわる時間になるといいなと思っています。これから寒くなる季節、贈り物にもぜひ。次回も引き続き、畑のお話。お楽しみに。

香草工房さんのハーブティー、今季も少し新しく入荷しています。ちょっとした贈り物にもぜひ。一つずつが小分けなので、お気軽にいろんな味を試してみてくださいね。


[ハードワークサポート]


[リラクシングレモン]

当たり前ではないこと

2018.06.28

hatsutokiのチームは、兵庫県外からそれぞれが集まって一緒に働いています。東京、神奈川、山口から……それぞれ色んな道を経て西脇に来ており、だからこそ感じるものというのも日々たしかにあるように思えます。

はじめの頃は「ふつうの平織りなのに、なんで難しいんだろう?」、「特別意匠的なデザインではないはずだけど、織りにくいのはなぜ……?」と、設計した生地について現場と相談しては返ってくる反応一つひとつに、驚きと戸惑いがありました。各工程の職人さんに会いに行き、不具合があれば直接聞きにいったりして、教えてもらうことでだんだんと少しずつ、これまでは知らなかった「作る」むずかしさを具体的に知れるようになってきました。(それでもまだまだ、ですが……。)

チェックやストライプのみならず、無地の織物でも播州で織られているものがたくさんあります。私たちの生活に実は身近にあるものが、安定した高い品質で作られ続けることを、関東にいるときは取るに足りない当たり前のもののように思っていました。しかし今は、どんな季節も、どんな気温でも毎回同じ色で染め上げることのむずかしさ、違う機械をもつ機屋さん同士で同じものを作るために注がれるコミュニケーションの大切さを西脇に来て、身に染みて感じます。縞模様だって、人の手で一本ずつ並べられているなんて、来るまで想像もできませんでした。

当たり前に思っていたものは、当たり前ではなかったんだ、ということをふとここ数日にあらためて思ったのでした。

hatsutokiの巾着ができました。

2018.06.26

今季オリジナルのテキスタイルで、hatsutokiの巾着がオンラインストアに登場しました。

ちょっとした旅行の時や、インナーバッグとして、夏は浴衣と合わせてもお使いいただけるような小ぶりのサイズです。柄は全部で6種類。ビビッドなイエローや、カットドビーが映える落ち着いたネイビーをはじめ、東京・青梅[壺草苑]で染め上げた本藍染の、美しい藍色の巾着も生まれました。

お出かけが楽しくなるような軽快なアイテムです。こちらはオンラインストア限定でのご紹介です。



[巾着 雨のドビー] 各¥3,500


[巾着 本藍染 ラメストライプ] ¥4,600


[巾着 本藍染 雨のドビー] 各¥5,400

播州の染め

2018.05.22

染色工場へうかがったとき、染色の色見本を見せていただきました。ずらりと並ぶ色は二万色以上だそうです。何十年も染め続けてきた蓄積は、今もなお増え続けており、色とは無限にあるのだと思えました。

以前、機屋さんとお会いして、この土地だからこそ生まれる織物とは何か、ということについて話していました。今の時代、生地を織り上げる織機も糸も輸入できる。職人の技術があれば、播州ではなくてもどこでも織れるんだと言っていました。そんな中で、この土地が誇れるものはやはり、染めに適した水の資源に恵まれ、糸の染めから織物を作り上げられる環境だとおっしゃっていました。

播州を南北に流れる加古川は、染めに適した軟水が流れています。日本の多くをしめるこの水質は、不純物が少なく、季節によって成分が大きく変化しないなど、染色に関する条件がいいのだそうです。今も染色工場をはじめとする、様々な現場は川沿いなど水の近くに隣接して建っています。

産地がかつて、繊維産業の恩恵を今よりももっと受けていた時代から現在にかけてもなお、私たちは恵まれた自然によってものづくりができているんだとあらためて感じました。自然のゆたかさと、人々の暮らしのゆたかさは共存できるんだということが、長らく街中で暮らして生きてきた私にはとても新鮮で、素晴らしいことに思えます。

アレンジワインダー

2018.03.09

抽象画のようですが、これは経糸のつなぎ目。アレンジワインダーという経糸をつなぐ技術を使っています。もとは大量生産が主流だった時代、次の経糸を載せ替える時間が惜しいほど機場が忙しく回っていたので、その手間を減らそうと複数の縞模様の経糸を一つのビームに整経して巻いたのがこの技術の始まりでした。

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これからの時代は小ロット生産にも対応できるようにと、再び着目され始めています。先染め織物の産地としてこれからもつくり続けるのには、必要な技術なのかもしれません。そして、この方法によってこれまでにはなかった織物が作れる時がくるかもしれない、と思うと胸が踊ります。

シルクの歴史

2018.02.14

シルクは、綿と同じくらいに私たちにとって身近な素材。先日シルクを扱う糸屋さんにお会いし、その歴史をあらためてうかがいました。

そもそも、人々の間でシルクが使われはじめたのはおよそ5000年から6000年前の中国からといわれています。野生の蚕の繭を集め、糸をつむぎだして絹織物を作ったのがはじまり。その後、蚕を家の中で飼育し、効率的にシルクの生産ができるように改良が重ねられて、現在の家蚕になったと考えられています。

日本にはシルクロードができるより前の弥生時代のから、独自の養蚕・製糸・染色技術が存在していました。その後も中国大陸や朝鮮半島からの渡来人によって、中国の蚕種や先進的な技術が持ち込まれ、日本各地で独自の発展を遂げて、多様な絹産地が形成されました。

お話の中で興味深かったことの一つは、今のような工業生産が可能になったきっかけが、今よりはるかに昔の江戸時代だったということ。当時、ヨーロッパで蚕の病気が流行し絹織物の産業が壊滅状態に陥ったことから、ヨーロッパ諸国は洋式製糸器械を日本をはじめとしたアジアの国々に伝え、生糸を輸入するようになりました。1862年には日本の輸出品の86%が生糸と蚕種になるまでに成長。それ以降、1900年半ばにかけて絹織物の生産は日本の主要産業に発展していったのです。

しかし、現在の国内のシルクの生産量は昨年で約18t、それに比べて世界一の生産を誇る中国は7000t。その中国でも年々生産量が減り、シルクの値段は高くなっているのだそうです。ゆくゆくは中国もシルクの輸入国となるだろうと糸屋さんは話されていました。

同じか、それ以上の技術があったとしても、複数の要素が関わり合って、産業が場所を常に横断していく。長い時間軸でシルクの歴史をあらためて捉えていると、それは綿織物ではどうだろうかと考えざるを得ません。同じような動きは綿においてもいえることですが、抗えないこの時代の流れの中で、唯一無二のものを作っていくことしか道はないのではないかと思いました。私たちだからこそ作れるものとはなんだろうか、これからも日々学び、考えながら作り続けたいと感じたときでした。