播州織ができるまで⑨ -経通しについて-

2016.09.09

前回は、畦取りの工程で経糸を色順に並び替えるという作業について話しました。今回は、織り出すまでの最後の段階のお話として「経(へ)通し」について。

経通しの作業は、幾つかの段階に分けられます。一つは「経糸切れ停止装置」というものに糸を通す工程。これは織っている時に糸が切れたことを感知するセンサーの役目を果たしており、写真の手前側に写っているものです。これによって数千本もの糸が一本でも切れたとき、機械が瞬時に止まるようできています。

次は「綜絖」というものに糸を通します。綜絖は糸を通す穴のあるワイヤーで、写真では奥側に写った長いもの。これは、経糸を上下に動かすための道具です。上下に開いた経糸の間を緯糸が通ることがくり返され、布が織られていきます。

そして最後に「筬」というものに経糸を通します。 経糸が一本一本絡まないように整え、同時に密度を決めるものでもあります。緯糸を打ち付けて織り進めていくための道具です。

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数千本もの糸を、実は数工程に分けて何度も通されていることに驚き。これらの作業は機械で行うこともできますが、未だに手作業も主流です。ボイルといわれる強撚糸や、とても細く繊細な糸などは特に手で行わなければいけません。流れるような手さばきで、着々と糸を通し続ける職人さんのお仕事は、息を止めて見入ってしまいます。

忘れられないブラウス

2016.09.03

数年前に、旅先で偶然見たアンティークのブラウスの記憶が頭の片隅にずっとありました。そのブラウスは見るからに繊細な手仕事で織られた布を使い、品の良いレースが慎ましく施されて女性らしい。そしてとても贅沢な素材使いにも関わらず素朴さがありました。触れた瞬間に思わずドキドキした事を良く覚えています。

しかし、そのような美意識を踏襲しているようなデザインの服は今、どのお店で探してもなかなか見つからない事もその後に気が付きました。上品さと素朴さは、一見すると相反する要素の様にも思えるので、バランスを保つことはとても難しいのです。上品な服はいかにも高級そうな事を主張しないと埋もれてしまうし、素朴な服もいかにもナチュラル、地球にやさしい事をわかりやすくしなければなりません。

私はその記憶の中の、忘れられないあの服の美意識に習ったブラウスを制作しようと思いました。hatsutokiが得意とする細くて繊細なコットンは「上品で素朴」にピッタリの素材であることにも気が付きました。シルクの様なしなやかさを持ち、綿ならではの慎ましさを持っている希有な素材だったのです。控えめなフリルを胸元に。ボタンは質の良い貝ボタン。裾広がりの袖は身体の動きに合わせ軽やかに揺れます。

素材が良い服は、自然と背筋が伸びます。繊細なブラウスを身に纏うと丁寧な暮らしを思い出します。懐かしい記憶に触れたような感動。胸の内側から染み出てくる様な感動を呼び覚ますような、そんなブラウスになれば、と思いながらデザインしました。是非手に触れて見てください。

_murata

 

ツイルブラウス

[ネイビー][ホワイト]

オンラインショップでもご覧いただけます。

hatsutoki books vol. 12 [地球の上に生きる]

2016.08.21

今回紹介するのは、アリシア・ベイ=ローレルの[地球の上に生きる]。彼女が、1960年代後半にウィラーズ・ランチで暮らした20代の実体験をもとに綴られています。住居の作り方や野外での調理法、せっけんの作り方や薬草の利用の仕方(さらには自分でするお産まで!)あらゆる人の生活に関わるテーマについて、漂うような絵と文章で書かれている一冊。

この本が長く読み継がれているのは、自然とともに暮らすことへあこがれる気持ちや、今や知らないことばかりとなった環境への脅威が私たちの中にあるからなのだろうと思います。その一方で「意外と、飲み水って手に入れられるのかも」と安心する心地もおぼえたり。

この本に載っている内容をし尽くすということは容易くありませんが、一つずつ実践してみるということはできそうです。身近なところでいえば、果実酢の作り方というのを読んで、まずやってみようと思いました。そして、ついつい夢みてしまったのは可動式の住居。車や船の上で住んで生活するというのはとても身軽で、たくましくて、いろんな景色を見られそう。かつては移住の習慣が深く人々に根付いていたように、それは人生で一度経験したい感覚です。

_tatsuyama

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イメージの発見と記憶

2016.08.21

アイデアの素を探すときはいつも気になったものを写真に撮ったり、過去に撮った写真を掘り返したりすることから始まります。カメラという道具は本当に不思議なもので、僕にとって目のようで手のようでもあります。何か被写体を写した瞬間に、もうイメージが形になって吐き出されるされている。イメージの発見から創作までが一瞬にして行われてしまうのです。

何か思いついた事を形にするには多くの場合創作のプロセスの時間が入ります。それは絵でも服でも建築でも音楽でもそうだと思うのですが、僕にとって写真は何しろ早いのです。写真を沢山撮ることはインプットとアウトプットの連続です。発見と出力を繰り返すことで、アイデアを形にする癖の様なものを付けるトレーニングになっているのかもしれません。世界を平面に置き換えられるところも興味深いところです。見ている景色を写真におさめて一旦平面にするプロセスは、その後、平面の布に世界観を反映させる作業をスムーズにもしてくれます。

ふとした瞬間に訪れる些細な感動や美しい光を感じ、シャッターを切る。発見と創作が瞬時に行われることで、脳の中にもより強いイメージとして記憶が残ります。そのイメージのストックこそがアイデアの素となるのだと思います。また逆に、日常にどれだけ美しい瞬間が多いかを気づかせてくれる装置でもあるのかもしれません。

_murata

hatsutoki books vol.11 [DOLCE VIA]

2016.08.14

今回紹介するのはCharles H.Traubの[DOLCE VIA -ITALY IN THE 1980s-]。彼はアメリカ生まれのストリートスナップを撮り続けている写真家で、1980年代、頻繁にイタリアを訪れてはローマやナポリ、ベニスやミランの街中を写したものがおさめられています。

海の青さも、人々が纏うビビッドな色の服も、街の中に溶け込む石像や石壁の白さも、生き生きとして目に映るのが印象的。日差しの強さが伝わってくるような鮮やかな色彩が、日本から離れた風土だということを感じさせます。

異国の地を訪れた者ならではのみずみずしい切り取り方で、人々の生活が映されているのは、眺めているだけで旅行をしているような気分。土地の陽気なのか、時代なのか、希望と憂いがどちらも色濃く映ったようなイタリアの人たちの暮らしは素朴で、チャーミングで開放的なのです。その雰囲気や空気に、なぜか懐かしさも感じてしまう一冊。

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播州織ができるまで⑧ -畦取りのしごとについて-

2016.08.09

前回に引き続き、畦取りについてのお話です。この道38年の職人さんの手は畦を取るかたちを保ったまま、指が大きく広がらないのだそう。一本ずつ糸をすくっていくと聞いただけでも気が遠くなるように感じますが、100番単糸などの極細糸だとなおのこと難しそうに思えます。そんな考えとは裏腹に「細い糸ほど、やりやすいのよ」と職人さんは話していました。

作業の上で大切な仕事道具の一つは、爪だと言います。眠るときは手入れした爪が折れないよう、下の写真のように親指を覆うように握って寝る癖が付いているのだとか。仕事場の足元には、爪切りやヤスリも置かれていました。この爪を使って糸を拾っては、色順をひたすら整えていきます。

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仕事に合わせて、からだの一部も順応させたり、変わることに仕事への真摯な姿勢をあらためて感じました。仕事や習慣というものは日々の生活の中で、その人自身に変化を与えていくものなのだということを実感。

hatsutoki books vol.10 [安東陽子|テキスタイル・空間・建築]

2016.07.31

今回紹介するのは、テキスタイルデザイナー安東陽子さんの作品集。テキスタイルと建築の関係について書かれた本というのはめずらしく、空間の中でうつくしく見える生地に焦点が合った写真は新鮮です。

建築というと、重たさや硬質な感じを覚えがちですが、空間にテキスタイルの質感を足すことで、「軽やかさ」や「透明感」を生み、その場所の空気のようなものを可視化できるのだな、と彼女の作品を見て思えました。一人ひとり身体の特徴が違うように、建築も環境や素材によって全く姿がちがうもの。「一番肌に近い建築」として、建物が服をまとうように考え抜かれた作品の明確さやシンプルさに、きっと使い手も心地よさを覚えるだろうなと感じます。

安東さんを初めて知ったのは、あるトークイベントに出演されていたとき。凛とした、しなやかさのある作品の空気とご本人はそのまま重なり、感激した勢いにのって、イベント終了後無心で駆けつけて声をかけてしまいました。数年経った今でも、本を眺めるたびにその瞬間を思い出してしまう一冊。

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播州織ができるまで⑦ -畦取りについて-

2016.07.28

今回は、畦取りについてのお話。経糸をビーム染色した場合、企画した柄通りに糸を並べ直す作業が必要となります。機械で行うこともできますが、柄の大きさや糸の色数が複雑なものは人の手によって、一本一本並べ替えられます。田畑の境界線を示す「畦」という言葉から、色ごとに区別して柄組みする工程のことを「畦取り」といいます。

うかがったのは、この道38年の職人さんの仕事場。そこには、巻かれたビームがずらりと並んでいました。朝から晩まで、糸をひたすら指ですくい続けているのだそうです。

デザインの指図書をもとに、職人さんは糸の並び順を自分で紙に書き出していきます。本数を書き、色鉛筆で区別した表は作業の際に張り出され、一本ずつ数えながら作業します。

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馴染みの機屋さん曰く、職人さんは一本たりとも狂いなく、いつも確実に柄を組んでくれるのだといいます。数え間違えていそうだと思えば、数千本もの糸を始めから順番に数え直すことは何度もあるのだそう。先染織物の産地で生まれるうつくしい模様の生地は、この気が遠くなるような作業があってこそ作られていました。

hatsutoki books vol.9 [山の音]

2016.07.24

今回紹介するのは、川端康成の[山の音]。山というモチーフが、山の景色が四方眺められる西脇にぴったりかなと思ったのですが、読み返すと『八月の十日前』からこの小説は始まっており、ちょうど今頃の季節だったのでなおのことでした。

主人公の尾形信吾は60才をこえ、妻、長男、そしてその長男の嫁と鎌倉で暮らしているところから物語は始まります。実は誰もが何かしらの問題を抱えており、家族という近しい存在がわかり合えないことの哀しさに直面していく話。そのかたわらで、穏やかに移りゆく鎌倉の季節が美しく描かれた作品です。

これを読んだとき印象的だったのは、日本人特有の繊細さのようなもの。たとえば、家族に対する遠慮や優しさ、気遣いや諦め、ある種の達観のようなものも含んでいるのですが、家族とのやりとりのなかで、その慎ましい感覚がとてもいい面として描かれていたように感じました。

そして自然の描写の細やかさが、はっとするほど美しい。舞台となった鎌倉は、作者自身も終生を過ごした土地でした。小説のなかで信吾はしきりに、自分の命が限りあるものであることに思いふける場面があるのですが、その心境と重なって、日々目に映る風景の美しさが一瞬のもので、自分も常に年を重ね、移り変わっているのだということをふと思い出させてくれます。

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播州織ができるまで⑥ -ビーム染色について-

2016.07.23

以前、染色時の糸の状態は綛(かせ)、チーズ、ビームの3つに分かれるというお話をしました。今回はビームでの染色について、少し工程を戻って紹介します。

ビームを使って染色するのは大量の経糸を必要とする、長い生地を織る場合。上の写真は染色のときに使うビームの側面で、ここに糸を巻き付けて染色します。筒状になっており、側面は穴が開いているので外側からだけでなく、内側からも染液がしみて糸がきれいに染まるのです。

 

ビーム染色した経糸

 

ビーム染色が大ロット向きの染色方法というのに対して、チーズ染色は中ロット向き。ビームの状態で染めた糸はこのまま経糸の準備工程に進むため、経糸にしか使われないのもチーズ染色とちがうところです。(経糸がビーム染色の場合でも、緯糸はチーズ染色で染め上げます。)そして、ビーム染色にしかない点がもう一工程。次回は[畦取り]という作業についてお話しします。