hatsutoki books vol.32 [WHITE MOUNTAIN]

2018.07.10

韓国の画家、Eom Yu JeongのZINE「WHITE MOUNTAIN」。 2013年春、アイスランドにアーティストレジデンスのプログラムで40日間滞在した間、 雪山やその場所に住む人達を描いた絵がおさめられています。

滞在のなかで、その小さな村に暮らす人々を描きはじめたものの、次第に人間よりもそびえ立つ雪山の存在に心を奪われたというEom Yu Jeong。前半はモノクロームのドローイングによるポートレイト、後半は刻々と表情を変える雪山のペインティングが並びます。

アイスランドの空気や山の静寂さ、人の素朴な暮らしが伝わってきそう。線画も、絵の具を使った面の描写もどちらも個性的で、うつくしいドローイングです。

また、彼女はアイスランドに滞在中、アニメーションも製作していました。北部にあるの小さな海沿いの町を結ぶただひとつのトンネルをモチーフにした作品。両側で起こる天気の劇的な変化を描いたアニメーションからは、静かに降りゆく雪や、大きく揺れる波が映って、土地の厳しい自然をも感じられます。

Tunnel from slowdream on Vimeo.

西脇は、連日続いていた雨もようやく上がって、日差しの強い日々がやってきました。そんななかでも、眺めているだけで、ひんやりと涼しい空気を感じられそうな一冊です。

instagram #hatsutokibooks

hatsutoki books vol.31 [David Hockney photographe]

2018.06.19

今回ご紹介するのは、20世紀の現代美術を代表する一人、David Hockneyのポラロイドを集めた作品集。彼は1937年にイギリスで生まれて、63年にアメリカの西海岸へ拠点を移して、制作活動をしてきました。移り住んだ後の1960年代後半から1980年前半までに撮りためた、彼の日常と旅の道中をスケッチのように切り取った写真、そして、のちに高度に洗練されたキュビスムのテクニックを用いたような写真のコラージュ作品『CAMERAWORKS』が生まれるに至るまでのデイヴィッド・ホックニーの軌跡ともいえる作品です。

彼は、画家として長年に渡り活動を続けてきましたが、その中でもプールがモチーフとしてしばしば描かれていました。一人の男性が、プールで泳ぐ人物を見つめる絵。これが元になった、のちの彼の絵画作品がとても有名ですね。この写真の、プールサイドから視線を落とす男は実は彼の元恋人で、泳いでいるのはホックニー本人なのだそう。アメリカで彼に出会い、のちにホックニーは捨てられたも同然に別れたらしいのですが、それでも数年後、昔の恋人をとても象徴的に絵画に落とし込んで描いていました。彼が、どんな気持ちで、筆をとったのかとつい思いを巡らせてしまいます。

また、写真をつなぎ合わせて、二次元的な表現を変化させようとしたこの手法も、この頃から何気ない日常の風景を切り取った写真で行われていました。今でさえ、アナログでありながら、とても新鮮な手法に感じます。

西海岸の陽の光を彷彿とさせるような、鮮やかな色彩で描かれたポップアートが印象に強い彼の作品。しかし実は、その一つずつのピースは彼のとても日常的なことで、昔の記憶を、時には辛い過去の記録をも拾い上げて、時を経ながら自分の絵に昇華させる作風は、とても私的な日記のようで人間らしい行為に感じられます。

hatsutoki books vol.30 [「生活工芸」の時代]

2018.05.08

「20世紀という重く大きな時代が終わり、新しい世紀が訪れた、ちょうどその頃に始まる話です。この10数年を、僕たちは「生活工芸」の時代と呼んでみることにしました」。そう呼ぶことで、自分たちが生きている時代の価値観や暮らしを俯瞰してみようと試みた一冊。「生活工芸」に関して、陶芸家や編集者、デザイナーや骨董屋の店主、茶人など十三人それぞれの考えが寄せられています。読んだ後にその輪郭が少し浮かび上がってみえました。

私たちも普段、生地や服を作るとき、ものの背景が伝わるような伝達を心がけ、ものづくりの透明性を意識しています。手仕事ないし職人仕事の生活道具がグッと身近な存在になり、それとともに、生活そのものが大きな関心事になった時代だからこそ、その思考に対する歴史的な経緯や、社会状況の影響と共に今の時代を理解したいと思いました。

工芸、民芸について「用の美」という価値を見出されて、語られることがしばしばあります。興味深いなと感じた内容の一つが、実は「用」には二つの側面があるのではないか、という考え方でした。その一つは目に見える具体的な機能美。もう一つは「目に見えない抽象的な作用」。この物が傍にあることで落ち着きを得られる、あるいは背筋が伸びるというような体験をさせてくれるものです。骨董屋の店主は、水留めの処理をしていない器を買ったお客さんは「これをお皿として使うのではなく、土が身近にあった故郷を思い出すために手元に置きたい」と言って、買って行かれたことを例にあげていました。

「生活することは、どこへも行かないまま、遠くに行くことだと思います」。目に見えない「用」を言い換えると、こんな語り方もできるのだと思いました。台所を工夫して、気持ちよく家事をできるようにする。あるいは、暮らしの中でなんでもない時間に椅子に座っている間も含め、そんな日常の経験の中でも旅が自分を作るのと同じように、自分は作られているんだという言葉が、腑に落ちたのです。

結局、私たちは生活の中で旅をしているんだなあと。そのための服、そのためのハンカチーフ、そのための食器。ものとの出会いを一つずつ大切にしながら、旅をしてもらえるようなものづくりをしていきたいです。この季節からhatsutokiは洋服とその周りにある生活品も一緒におすすめしたいと思い、オンラインの店頭に並べはじめました。一つずつ試しながら前に進んでおり、お取り扱いのペースはゆっくりですが、使う人の日々がよりゆたかな旅になるようなものを揃えていきたいと思います。

ぜひ、ご覧くださいね。

>>オンラインストアへ

instagram #hatsutokibooks

hatsutoki books vol.28 [ 世界をきちんとあじわうための本]

2018.01.19

今年最初にご紹介するのは、人類学者を中心メンバーとする「ホモ・サピエンスの道具研究会」という、ちょっと気になるリサーチ・グループ名の人々によって出版された一冊。

呼吸すること、その日の天気に合わせてぴったりの靴を選ぶこと、一日の予定を想像してカバンの中身を整えること、足跡を残すこと。あらゆる人が暮らしのなかであたりまえに行為している営みを研究の対象に、ありふれていてあまりに当然のことゆえに普段は気づかない世界の設定や、意味にこだわりすぎて時に取りこぼされてゆくその豊かさについて考察した一書です。

books180118

books180118-4

わかっていたつもりの行為や景色への解像度を上げたり視点をズラすことで、生き生きと容貌を違える世界の味わい。それは、ものづくりにおいても共通する基本的であり、大切な姿勢。「こんなところにヒントがあったんだ」と感じる力に、水を与えて感性をみずみずしく潤してくれるような一冊です。学術的なアプローチをテーマにしながら、シンプルな行為やルーティンの延長のなかに事象を捉えて提示する、あざやかで心地よい気づきと学びがきっとあります。

instagram #hatsutokibooks

hatsutoki books vol.27[続 暮しの思想]

2017.11.27

今回紹介するのは、社会学者・加藤秀俊さんの[続 暮しの思想]。昭和50年代の日本の「現代社会」の暮しをつぶさに観察しながらゆたかさとはなにか、様々な視点から考えられたエッセイです。ふだん私たちは生地や服をつくる時、どんな暮しをしている人に着てもらいたいのか、服を手にする人の背景をいつも思い浮かべています。何を大切にして生きているのか、それは結局、服やことば、生まれるものや身につけているもの全てに自然と落とし込まれているのだと思います。

このエッセイが綴られてから40年以上経った今でも、私たちは日々、ゆたかさを求めながら生きています。その探究心の一端だなと思えたのが、筆者が日本を『小細工の国』と称していた内容でした。文中で挙げられたのは、たとえば子どもの学習机。それは我が子の成長を願って、より良いものを揃えてあげたいと思うもの。使いやすさを求めて、机横のカバンをかけるためのフックや、時間割表を飾るためのボード、机本体に付随した鉛筆削り、あらゆるものが備わった学習机を私も幼い頃に買ってもらった覚えがあります。

しかし結局、年を重ねるとともに椅子を変え、引き出し一式を取り除いて、机上の棚もぜんぶ外して、さいごはとてもシンプルな机になっていました。今思うと、私にとってはそれがやはり一番使いやすかったのです……。

日々生活をする中で「こんなことならできる」「これなら作れる」と選択肢を一つずつ足していく作業は、すでにあるものを使うことよりも、面倒だけど楽しいモノ。ちょっと足りないくらいが、ちょうどいいかもしれない。ゆたかさとは、その中にある柔軟さや自由さにあるのではないかなと思うのでした。そんな暮しの工夫がもっとできるようになっていきたいものです。

hatsutoki books vol.26[Cave]

2017.11.20

ひとが最初に絵画のためにキャンバスを選んだ場所であることから名付けられた[Cave]。角田純さんというアーティストの20年間に渡る制作活動を時系列に収めたこの作品集は、静寂を帯びながらもよりシンプルに、より奥行きのある表現へ時と共に変化してきたようすが伝わってくる一冊。

Mexico



影のような、残像のようないくつにも重なる色の層は、動きを想像させ、時間を感じさせてくれます。リズムのある色彩はページをめくるごとに、まるで音楽を聴いているような感覚にさせてくれるのです。

î≈âÊ

たまたま書店で出会ったこの本は、中が開けないように包装されていたのですが、日の光との相性がすばらしく良いこの表紙を見た瞬間に、全部見たくなって手に入れたものでした。それからというものの何を作るにあたっても、頭の体操や気分転換に、必ずと言っていいほどこの画集を手にしては、ぱらぱらとめくって眺めています。言葉のいらない「心地よさ」を一瞬で思い出させてくれる、大切な一冊です。

hatsutoki books vol.25[CATS, CATS, CATS]

2017.07.16

アンディ・ウォーホルが1950年代を中心に描きつづけていた、ネコのドローイング集。自宅で26匹のネコとともに過ごしていたというウォーホルによって、愛情たっぷりに描かれた、1匹1匹表情ゆたかなネコたちを見ることができます。ウォーホルといえば、キャンベル缶や、マリリン・モンローを描いたような、鮮烈な色彩使いをする印象が強かったので、しなやかな線で繊細な色彩で描かれたネコのすがたを見て、彼のほかの一面を見た気がして新鮮でした。

6a00e554e97d5c883401a3fd1dc719970b

“What makes a person spend time being sad when they could be happy?”

どうして人って、幸せでいられる時間を、わざわざ不幸にして過ごすのだろう。彼はネコから1日の過ごし方や、人生の時間の過ごし方はシンプルでいいのだ、ということを教えられていたのかもしれません。ふとした時に手にとって読んだり、大切な人への贈り物にもおすすめの一冊。

hatsutoki books vol.24 [blossom]

2017.07.07

7月の中頃まで、吉祥寺の古本屋・百年で展示を開催している、安藤晶子さんの[blossom]という作品集。彼女は主に、自分で描いた絵をピースにコラージュをして絵を作り上げています。ほとんどの作品が、ノートブック一冊分くらいの大きさなのですが、描きためた原画、それらを切り離したピース、絶妙なバランス感覚で配置されていくコラージュは、ぎゅっと密度が凝縮していて、なんだかおいしそうな果物のように愛おしい作品たちです。

コラージュという方法は、考えると日常のふるまいや過ごし方ともつながってくるものなのではないか、と考えるときがあります。自分がそれまでにこしらえた、ありったけの材料の中から一番ふさわしいものを、ふさわしい大きさに切り取って、ふさわしい場所に配置していく。どうしてもありあわせでは我慢できなくなったら、その場で作っては足していく。どんな材料を持ち合わせているかはそれまで自分が費やしてきた時間に付随するし、その時々でピースの見え方も変わってくる。そしていつの間にか、時間を重ねた「濃い」絵が完成する。安藤さんの絵には、そんな必然性と偶然性が隣り合った様な、ちょっとしたジャズのような感覚を感じられる気がします。

book2

そして、同時に面白いなと思うのは、一つ一つのピースはとてもシンプルであること。ある一定のパターンや柄の連続はモチーフも材料も、すごく身近で些細な何かだったりします。それらが組み合わさることで、小さい画面の中からでもどこか違う世界に連れて行ってくれる気分になるのです。

book2-3

「何でもない、けれどたしかにいとしい何ものか」「この世に、小さくてもみるべきものは、たくさんある。いくら大きくても、見なくていいものも、たくさんある」「何を見るべきかは、自分で決めていい」

そう言う彼女から生まれたものたちは自信のようなを持ち合わせていて、それを眺めるのはとても心地良いものです。

book2-2


東京の近くにお住まいの方は、ぜひ展示にも行ってみてください。展示スペースである本屋さんもいいところです。

[blossom]
期間:6月25(日)-7月15日(土)
場所:古本屋百年(東京都武蔵野市吉祥寺本町2-2-10 村田ビル2F)
時間:月曜日~金曜日/12:00~23:00
   土曜日/11:00~23:00
   日曜日/11:00~22:00
   火曜日/定休日

    詳細はこちら

(百年のホームページに移動します。)

hatsutoki books vol.23 [パイナツプリン]

2017.06.24

今回紹介するのは、吉本ばななのエッセイ[パイナツプリン]。『キッチン』で鮮烈にデビューしてから、作家として活動し続けてきた彼女の、初のエッセイ集。執筆した当時24才だった彼女の日常の出来事、友人や恋、作家について考えることについて。少女のようなあどけなさと、とてつもない落ち着きと冷静さを持ち合わせたエッセイは、まだどこか未完成でみずみずしさを感じます。

不安定な精神とデリケートな心を持ちながらも、家族や友人を愛し、やりたいことに前向きに取りくんで、人間らしく生きている。本当にいいなと思う。この言葉は、彼女が敬愛するスティーヴン・キングという小説家についてのエピソードから抜粋した、彼に対する思いを連ねた一節ですが、これはまさに、私自身が抱く彼女への印象。一人の作り手の、若き頃に考えていたことや目指していたものを知るのは、とても勇気をもらい、元気が出るものです。

また、この本で興味深かったのは、女性は「水分」が多くて変化が多いということについて書かれた部分。感情的な心の動きを、彼女は水の「揺れ」に例えていました。水が揺れるように、時に見ていてこわくなるような「瞬間美」のみずみずしさは女性の美しさなのだと。

これを読んで、「揺れ」はあっていいものなのだ、しょうがないのだ、とどこか救われた気分になり、それを以ってなお、たおやかにそれを乗り越えて、凛として毎日を過ごしていきたいなと思えるのでした。

hatsutoki books vol.22 [It’s beautiful here , isn’t it…]

2017.06.13

何でもない見過ごしていた風景が、どこかかけがえのない、特別で愛おしい物になってしまう。そんな魔法の様にも感じるイタリアの写真家、ルイジ・ギッリ(Luigi Ghirri)の作品集「It’s beautiful here , isn’t it…」をご紹介します。

ページをめくると、写真で映されているものは、どこにでもありそうな風景、誰も気にもとめていない物(古びた看板や、商店のショーウィンドウ、壁に生える蔦、無造作にテーブルに置かれた野菜……等々)なのです。しかし、それらの被写体はとても柔らかい光に包まれ、色彩にあふれ、精密に計算された構図、ウィットに富んだ暖かい目線で美しく切り撮られています。
Luigi Ghirri_ルイジギッリ4

Luigi Ghirri_ルイジギッリ3

Luigi Ghirri_ルイジギッリ2

タイトルは邦訳すると「ここは美しい場所でしょう…?」といった感じでしょうか。「ここ」とは、きっと自分が今いるこの場所や時代のことなのかもしれません。ギッリの写真を見ていると「ここ」はとてもかけがえのない場所で、美しく感じるかどうかはあなた次第……と教えてくれているような気がしてきます。

写真を愛し、写真に生涯を捧げた芸術家 ルイジ・ギッリは大きく時代を変えるような、特別な、革命的な何かを生み出したわけではないかもしれません。しかしいつ、どんな時代の誰が見ても、どこかほっとするユーモアに溢れ、記憶のなかの大切なものを思い出させてくれるような写真を淡々と、そして情熱的に撮り続けた写真家なのです。