近所の花 vol.6[ガクアジサイ]

2017.06.19

梅雨のはじまり、青い花が涼やかで見るとなんだか気持ちが落ち着きます。今日は道端で咲き始めた[ガクアジサイ]について。

小さい頃、ガクアジサイを見ては「いつ花が満開になるんだろう」と待ち続け、いつの間にか夏の訪れとともに枯れていってしまった記憶があります。私が思い描いていた「満開」のアジサイは、てまりのようなポンポンとしたホンアジサイだったのですが、実はガクアジサイを品種改良して、のちに生まれたものなのだそうです。

花びらのように見える部分は、萼(ガク)のかたちが変化したもの。花は萼の中心にある、小さいものを指すのだそうです。それでてっきり、萼からガクアジサイという名前がきたのかと思ったら、それも違うのだそうで。萼の部分が額縁に見えることから額アジサイというのだそうです。そこから別名を「額の花」ともいい、夏の季語として古くから人々に親しまれてきました。

「額の花こころばかりが旅にでて」 (森澄雄)

額の花を見ていると、気持ちだけが旅に出たいと急いていると詠われた句。湿気が高く、ぱっとしない梅雨の季節、それでもたしかに、この花を見るとどこか気持ちが晴れやかになって、どこかへ出かけに行きたくなりそうですね。

34°58’40.5″N 134°57’52.9″E

instagram #ガクアジサイ

hatsutoki books vol.21 [OPEN FRUIT IS GOD]

2017.06.01

今回ご紹介するのは、1989年生まれの東京出身の写真家・清水はるみさんの作品集[OPEN FRUIT IS GOD]。彼女曰く、この作品は”冷蔵庫に貼られたマグネットのたわいもない言葉遊びのように、主に自然の中で遭遇したセットアップのような光景をパーツとして集め、スケールの大小を問わず組み合わせたもの”だそうで、その比喩がしっくりと来てしまう、物腰軽やかで少しふしぎなニュアンスを持った写真です。

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これを見ていると「違和感」は、時に一種のうつくしさや、人を惹きつける何かなのだと思えました。私たちは日常の節々で、ほとんど無意識的に人と人との関係性や、ものとの関係性、環境の文脈を読み解こうとします。「少しわかる、だけど分かりきらない」というのは、ちょっとしたことでもとても気になってしまうもの。

独特の質感や組み合わせを捉える視線はシャープでみずみずしくて、それでいて女性らしいやさしさをも感じます。日常の中にある違和感を見逃さず、それらをを再編集することで、散文的でありながらどこか心に引っかかる作品です。

instagram #hatsutokibooks

採集について

2017.05.18

連休の数日、瀬戸内海へ足を伸ばして、ある島の海岸に行ってきました。海の水はまだ冷たくて、とてもではないけれど泳ぐことができず、海辺を散歩することに。小さい頃は、何時間も砂浜で貝殻を探すことに夢中だったな……と思いながら足元を見ていたのですが、ふと、きらきらとした貝殻の隣で打ち上げられた海藻が目に入りました。

水気を含んで、ぬるぬるしていて、手の上に長いこと持っていられるものでは正直なかったのですが、どのくらいの種類の海藻がこの海岸には打ち上がっているのか、ふとなぜか気になってしまい、集めてみることにしました。

歩いては落ちている藻を拾う。それを繰り返すうちに、海藻の水分がなくなってしまうことをおそれて、それを運ぶ容れ物を探すようになりました。さっきまではただのゴミだったペットボトルが途端にとても貴重に感じ、無心に拾い始め、海水で満たしては藻を入れていきました。

集めた海藻を眺めると、やっぱり海の生き物なのだなあと実感。その時集めた海藻は、たまたま全ての葉っぱが風船のように空気を含むような構造をしていました。漂流して、繁殖するためなのかなと思いましたが、それでも種類によってその工夫の仕方は様々で、それもまた不思議です。自然が与えた、全てのかたちには意味があるんだなあとふと実感したときでした。

hatsutoki books vol.20 [センチメンタルな旅]

2017.03.18

20回目に選んだのは荒木経惟の[センチメンタルな旅]。1971年7月7日、荒木と妻・陽子は結婚式を挙げ、翌日からの新婚旅行を撮影した写真集です。この作品は当時私家版として1000部限定で作られ、幻の作品となっていましたが、昨年復刻版としてふたたび出版されました。

この旅路の記録の魅力の一つは言うまでもなく、荒木の写す妻・陽子のすがた。飾り気がなく、笑みも浮かべず、気品があって凛としている。彼女の目の奥にひそんでいる、うつくしさや一種の狂気のようなものを荒木は自然と写していました。見てはいけないものなのではないか、と思うほどに親密で愛情深く、それでいて甘くない二人の光景は「夫婦」という関係性について肉親ではない他者から初めて考えるきっかけになったかもしれません。

ページをめくると、旅の中で流れていた時間を肌で感じることができているような感覚になります。旅先で淡々とシャッターを押す荒木の写真からは、これから夫婦として人生を歩んでいくのだという刻々とした覚悟のようなものもうかがえる、素敵な夫婦の始まりが描かれた作品です。

近所の花 vol.5 [コセンダングサ]

2017.02.22

コセンダングサは夏の終わりから秋にかけては、黄色い花を咲かせます。機屋さんに向かう道の途中、砂利道の隅で咲いていたのを見つけ、種をつけた冬の姿もとても可愛いと思いました。

種子は鋭い銛のようなものがくっついており、動物に付着して運ばれていくのに適したすがたをしています。なんで動物に運ばれることを前提として、こんなかたちをして生まれてこれたんだろうかと、考えてみると不思議。風で運ばれるもの、水に運ばれるもの、鳥に食べられて運ばれるものなど、植物にはいろんな繁殖の方法がありますが、当たり前だけどヒトにはそんな能力はありません。

ついつい、「人間だからできること」というのを考えてしまいがちですが、私たちには到底なしえないことを、植物は生き延びていくためにひっそりと力強く成して、環境に合わせた生き方をしていました。

35°00’49.9″N 134°53’36.1″E

instagram #コセンダングサ

hatsutoki books vol.19 [GIRLS STANDING ON LAWNS]

2017.02.19

今回紹介するのは、MAIRA KALMANとDANIEL HANDLERによって生まれた[GIRLS STANDING ON LAWNS]。二人は、ヴィンテージの写真からインスピレーションを得て、それぞれの創作に落とし込みました。その写真は、一般の人によって撮影された、ごくふつうのポラロイド写真。本のタイトルの通り、共通しているのは「芝生の上に立つ女の子」だということ。

イスラエル生まれのイラストレーター・デザイナーであるKALMAN は、時に白黒で映された写真に色を与え、風を感じるようなタッチで彼女たちの姿を描きました。そこに童話作家であるHANDLERが被写体のバックグラウンドを想像して、写された女の子が話しているかのようなテキストを添えてあります。

とても個人的な写真を見ると、日々のささやかな一瞬こそが幸せだなあと感じます。今になると、私たちは当たり前のように写真を撮る習慣がありますが、なぜ撮ることを好むのでしょう。嬉しい瞬間、お祝いのひと時、楽しかった思い出、それを忘れたくないからでしょうか。でも、昔の自分の姿を見たり、もしくは全く関係ない人の写真を眺めるなんて、よくよく考えればとてもふしぎなことに感じます。私たちは記録して見返すことで、忘れやすい自分たちの記憶になにかを蘇らせるだけだなく、たとえ全然知らない風景にも何かを新たに見出したりしているのかもしれません。「記憶をとどめたい」「過去をのこしたい」というヒト特有の感情は、とても人間らしくて、おもしろくて、美しいなと思う一冊。

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近所の花 vol.4 [ナンテン]

2017.02.04

クリスマスやお正月、冬のお祝いごとにしぜんと寄り添っている植物、ナンテン。「難を転じて福となす」という言葉と通ずるため、古くより縁起の良い植物として親しまれてきました。江戸時代にはどこの家にもナンテンが火災よけとして植えられ、さらには魔よけとして玄関前にも植えられるようになり、この慣わしは今も日本の各地でのこっています。

植物が赤い色の果実をつけるのは、色彩に敏感な鳥が認識しやすいためだといわれています。 しかし、ナンテンの実にはほんのすこし毒があるのだそうです。それは、毒を持たないおいしい果実を付けると、鳥はそこに長い時間とどまって、果実を食べ尽くしてしまうからだとか。すこし食べてはほかの場所に移動し、ちがう食べ物を探す。そうして、鳥が食べ物を探しに渡り飛ぶ習性にしたがい、種子が母樹から離れた場所に散布されていくのです。

35°00’41.7″N 134°53’56.4″E 

instagram #ナンテン

hatsutoki books vol.18 [ノーザンライツ]

2017.01.26

ぐっと冷え込む一月の終わり。西脇ではこの冬、二度雪が積もりました。寒い土地にまつわるものにしようと思い、今回はこの一冊。星野道夫さんの作品に初めて触れたのは、小学生時代の教科書でした。深く記憶にのこっているのは、水しぶきを上げながら河を渡る、カリブーの群れの写真。こんなに臨場感をもって、生き物を身近に感じられる世界があるのかと、その自然の力強さ、美しさが印象的でした。

それから少し時が経ち、あらためて星野さんの本を読むきっかけになったのは二十歳のとき。大学の先生はかつて星野さんを担当していた編集者の方でした。「彼と本を作るなかで、こんなやりとりがあったんだ」とたまに先生の口からふとこぼれると、急に星野道夫という人にリアリティを感じるようになったのでした。『本当に、同じ時を生きていた人なんだ』と。

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「カリブーの群れの足音を、何時間も聞いていた」と記されたのを読むと、どんな勢いを彼は肌で感じていたのだろうと、大地を駆け巡るカリブーの写真を見て想像してしまいます。この本は、アラスカの大自然で暮らす人たちの伝統や精神性、現代への生活スタイルの変化など、アラスカの土地に根ざした事柄がひとつ一つ彼の言葉で紡がれたもの。自然と折り合いをつけながら生きていこうとする人々の姿を真摯な眼差しで見つめ続けた随筆集です。文庫でありながら、カラーの写真も沢山載っているので、見て読んで楽しめる一冊!

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近所の花 vol.3 [ヨモギ]

2017.01.17

ヨモギ、と聞くとジグザグとした葉の形を真っ先に想像してしまい、この花と名前が結びつくのに少し時間がかかりました。春から夏にかけてよく育つヨモギは、実は秋から冬にかけて小さな花を咲かせています。

中国では古くから邪気を払うと信じられ、ヨモギを食べると寿命が伸びると言われていました。その教えは日本まで伝えられ、3月3日の桃の節句の菱餅には草餅が使われ、5月5日の端午の節句には、菖蒲とともにヨモギを軒下につるしたり、浴場に入れる風習がのこっている地方もあるといいます。

ヨモギの葉の裏側には、実はうっすらと綿毛が生えているのですが、これは乾燥させて「もぐさ」と呼ばれるお灸としても使われています。いつ誰がどのようにして、お灸として使おうと思ったのでしょう。火のつきがよく、温度を保ったまま火持ちするため、お灸に適しているのだそう。

一方で、秋先になるとヨモギの花粉に悩まされる方もいるのでは……。ヒトにってよくもあり、時に困らせものでもあるヨモギは、相反した性質を持つ、身近ながらにして実はふしぎな植物でした。

35°00’37.1″N 134°59’31.2″E

instagram #ヨモギ

hatsutoki books vol.17 [Mottainai: The Fabric of Life]

2017.01.05

明けましておめでとうございます。今年最初に紹介するのは[Mottainai: The Fabric of Life]という本。これは、日本の人々が「木綿以前」に作っていた仕事着や日常着について書かれたものです。

昔の庶民は「木綿の仕事着」というのが現代の人が抱くイメージかもしれませんが、実は木綿が広まったのはそんなに昔のことではなく、江戸時代中期にようやく人々の手に渡って行ったようです。木綿が普及するまで、どのような材料で布を織っていたのか? 実は、山や野に自生する樹や草から糸を取り出していました。

それは、聞くほどに気の遠くなる時間と労力が費やされた布。たとえば、紙布(シフ)と呼ばれた生地は経糸に藤、横糸には藤に紙を細く切って紙縒りにしたものを織り込んでいました。紙に書かれた墨の部分が紙縒りにすることでまだら模様を浮かびあがらせ、杢糸のような奥行きのある生地になっています。それがとても美しいのです。
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科(シナ)やオヒョウ、藤、葛、芭蕉、大麻など、残っているものでも多くの種類があるのですから、きっと昔の人々はあらゆる植物で生地を生むことを試みたのでは……、と思います。華美な装飾や高い技巧による美しさとはちがって、長く使いたいという使い手の思いと、それにかけた時間が生み出す静かな美を感じる一冊です。

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