hatsutoki books vol.18 [ノーザンライツ]

2017.01.26

ぐっと冷え込む一月の終わり。西脇ではこの冬、二度雪が積もりました。寒い土地にまつわるものにしようと思い、今回はこの一冊。星野道夫さんの作品に初めて触れたのは、小学生時代の教科書でした。深く記憶にのこっているのは、水しぶきを上げながら河を渡る、カリブーの群れの写真。こんなに臨場感をもって、生き物を身近に感じられる世界があるのかと、その自然の力強さ、美しさが印象的でした。

それから少し時が経ち、あらためて星野さんの本を読むきっかけになったのは二十歳のとき。大学の先生はかつて星野さんを担当していた編集者の方でした。「彼と本を作るなかで、こんなやりとりがあったんだ」とたまに先生の口からふとこぼれると、急に星野道夫という人にリアリティを感じるようになったのでした。『本当に、同じ時を生きていた人なんだ』と。

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「カリブーの群れの足音を、何時間も聞いていた」と記されたのを読むと、どんな勢いを彼は肌で感じていたのだろうと、大地を駆け巡るカリブーの写真を見て想像してしまいます。この本は、アラスカの大自然で暮らす人たちの伝統や精神性、現代への生活スタイルの変化など、アラスカの土地に根ざした事柄がひとつ一つ彼の言葉で紡がれたもの。自然と折り合いをつけながら生きていこうとする人々の姿を真摯な眼差しで見つめ続けた随筆集です。文庫でありながら、カラーの写真も沢山載っているので、見て読んで楽しめる一冊!

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近所の花 vol.3 [ヨモギ]

2017.01.17

ヨモギ、と聞くとジグザグとした葉の形を真っ先に想像してしまい、この花と名前が結びつくのに少し時間がかかりました。春から夏にかけてよく育つヨモギは、実は秋から冬にかけて小さな花を咲かせています。

中国では古くから邪気を払うと信じられ、ヨモギを食べると寿命が伸びると言われていました。その教えは日本まで伝えられ、3月3日の桃の節句の菱餅には草餅が使われ、5月5日の端午の節句には、菖蒲とともにヨモギを軒下につるしたり、浴場に入れる風習がのこっている地方もあるといいます。

ヨモギの葉の裏側には、実はうっすらと綿毛が生えているのですが、これは乾燥させて「もぐさ」と呼ばれるお灸としても使われています。いつ誰がどのようにして、お灸として使おうと思ったのでしょう。火のつきがよく、温度を保ったまま火持ちするため、お灸に適しているのだそう。

一方で、秋先になるとヨモギの花粉に悩まされる方もいるのでは……。ヒトにってよくもあり、時に困らせものでもあるヨモギは、相反した性質を持つ、身近ながらにして実はふしぎな植物でした。

35°00’37.1″N 134°59’31.2″E

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hatsutoki books vol.17 [Mottainai: The Fabric of Life]

2017.01.05

明けましておめでとうございます。今年最初に紹介するのは[Mottainai: The Fabric of Life]という本。これは、日本の人々が「木綿以前」に作っていた仕事着や日常着について書かれたものです。

昔の庶民は「木綿の仕事着」というのが現代の人が抱くイメージかもしれませんが、実は木綿が広まったのはそんなに昔のことではなく、江戸時代中期にようやく人々の手に渡って行ったようです。木綿が普及するまで、どのような材料で布を織っていたのか? 実は、山や野に自生する樹や草から糸を取り出していました。

それは、聞くほどに気の遠くなる時間と労力が費やされた布。たとえば、紙布(シフ)と呼ばれた生地は経糸に藤、横糸には藤に紙を細く切って紙縒りにしたものを織り込んでいました。紙に書かれた墨の部分が紙縒りにすることでまだら模様を浮かびあがらせ、杢糸のような奥行きのある生地になっています。それがとても美しいのです。
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科(シナ)やオヒョウ、藤、葛、芭蕉、大麻など、残っているものでも多くの種類があるのですから、きっと昔の人々はあらゆる植物で生地を生むことを試みたのでは……、と思います。華美な装飾や高い技巧による美しさとはちがって、長く使いたいという使い手の思いと、それにかけた時間が生み出す静かな美を感じる一冊です。

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初雪

2016.12.29

昨日の朝、西脇ではひっそりと初雪が降りました。いつも以上に冷え込んでいるなと思ってカーテンを開けると、雪がはらはらと舞っていました。大きくてふんわりとした雪の時、コートに降り立ったものをじっと見つめて雪の結晶のかたちを見つけると、いくつになっても、おお……!とやっぱり感動してしまいます。ただ、氷のかたまりが地上に到達する中で、自然とあんな繊細な形が作られているのはなんとも不思議。

太陽が高く上がってくると雪はすぐに溶け出して、少し切なかったですが、光にきらきらと反射してそれもまた綺麗でした。雪解けと共に、アトリエの大掃除も終わり。もう年の瀬ですね。今年もありがとうございました。皆様、良い新年をお迎えください。

近所の花 vol.2 [ポットマム]

2016.12.14

真っ赤に熟れた柿の木の横で背が低く咲いていた黄色い花。冷え切った朝の空気の中、ボンボンと花をつけて、すごい生命力で咲き誇っていました。

この種類、名前は[ポットマム]という種類の一つなのだそう。その名の通り、鉢植え(ポット)のキクを指しています。1950年代にアメリカで鉢植え向きの園芸品種が育成されて、ポットマムという名称で販売されたのが始まりだといいます。

もとは園芸用の苗として売っていたものが、地面に植え替えられていたんですね。冬の光景で異様に目にとまった理由が、なんだかわかったような気がします。

34°58’17.8″N 134°58’03.7″E

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hatsutoki books vol.16 [THE NEW WORLD]

2016.12.11

今日紹介するのは、ソール・スタインバーグの[THE NEW WORLD]というイラストレーション集。雑誌[The New Yorker]のために描かれた、少しシニカルでユーモアのある作品が収められています。

スタインバーグは、ルーマニアに生まれたユダヤ系の家庭で生まれ育ちましたが、ヨーロッパに住んだ20代、ファシスト政権下の勢力から逃れるために渡米しました。風刺的な要素を孕んだ作品を見ると、異国の土地で住む違和感を感じ続けていた彼の人生があるからこそ、描けていたんだとあらためて気づきます。

たとえば、他の場所に引っ越したり、職場を変えたり、時には旅行をして取り巻く環境が変化すると、自分が「よそ者」なんだとふと感じます。その距離は一見寂しくも感じそうですが、一方で「みんなにとっての当たり前」が当たり前ではなく感じることができる、新鮮な気持ちを味わえる機会にもなり得ることがあります。

そう考えると、少し住み慣れていないところに身を置くというのは、ものづくりをするときにいい働きを及ぼすのかもしれません。どんな日常でも新鮮に捉えることができれば、世界がどんどん広がりそうです。

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近所の花 vol.1 [君が代蘭]

2016.12.07

冬の朝、冷え込んだ空気の中を走りたくなって、この頃ランニングを始めてみました。道端に目を向けると、秋の初めは見られなかった花が咲いていたり、小さな発見があります。そんな日々を過ごすなかで、ふと目にとまった草花を活けてみることにしました。

西脇を南北に横断するJR加古川線の線路沿い。実はいろんな植物が緑々と生えており、その中でも一段と白い花が映えていました。

和名で[君が代蘭]といいます。花が数多く咲き続け、いつまでも栄えるという意味を込めてつけられたのだそう。一度耳にすると、忘れない名前ですね。

34°58’27.5″N 134°58’10.3″E

instagram #君が代蘭

hatsutoki books vol.15 [thalia]

2016.11.07

今日紹介するのは、フジモリメグミさんという写真家の作品を収めたzine [thalia]。日常の風景を残していくことをテーマに、311の震災後から撮影された写真が並んでいます。「残していく」という言葉がふさわしく、はっと目をとめてしまうような一瞬の景色も”淡々と”シャッターを切っているかのような、独特の温度感が印象的。

初めてメグミさんの作品を見たのは、友人の紹介で表参道のスパイラルでの展示に行った時でした。水の底から上を見上げたときに撮ったような写真があって「これ、別に水に潜って撮ったんじゃないんだよね。結構、身近な場所で撮ってるよ」というようなことを話されていたのが妙に記憶に残っています。身近で、素朴で日常的で、それこそがうつしくて尊いんだなあということをふと思ってしまう作品。それでいて、甘えがなく、凛とした芯を感じられる。たまに「これは……なんだろう」というようなふしぎな景色もある。きっと同じ場面にいても、何か特別なアンテナを持っている彼女しか捉えられない風景なんだろうと、写真を見るたびに思えてしまいます。

このzineは、個展に行った時に買いました。好きなカットを開いて部屋に飾ったりできて、季節の変わり目などにカレンダーのようにページを変えています。メグミさんのキュートでチャーミングでさっぱりしたお人柄が、これまた素敵なのです。

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hatsutoki books vol. 14 [HET VERZAMELD BREIWERK VAN LOES VEENSTRA]

2016.10.17

今回ご紹介するのはLOES VEENSTRAという、オランダに住む女性が50年以上かけて編み続けた、500以上のウールのセーターが集められた本です。一つひとつ全く違うデザインのセーターは、色の組み合わせもかたちも独特でどれも魅力的。しかし、これらは長いこと誰にも着られないまま彼女の家で眠り続けていました。

実はもともと彼女は禁煙をしたかったがために、手持ち無沙汰にならないよう編物をしていたのだそうです。編んでは屋根裏にとっておくことを繰り返した蓄積……と聞くと、ページの中のニットたちがなんだか一層愛おしく思えてきます。オランダのデザイナー・CHRISTIEN MEINDERTSMAが着目したことをきっかけに作品を本にまとめたのだそう。フラッシュモブのようなスタイルで、彼女のセーターを500人以上に及ぶ出演者が纏う動画を作っていました。

自分がかつて織物を学んだ時の先生が「織物は機械や道具が色々とないとできないけど、編物はどこででも棒と糸さえあればできるのよね」と話していたのを、今も時々思い出します。生地のなかでも、使う糸の種類や生産の仕組みなど、織物とニットではちがうことが沢山。同じ素材を使っても出来上がった表情も全くちがいました。

というのも、実はhatsutokiも今シーズン初めて、ニットの商品を作ってみたのです。糸はカシミアとコットンを撚り合せたもので、それを編んだらどうなるのかワクワクしながら作ったニットキャップ。ほかの産地の技術を取り入れつつ、作るものの幅が少し広がったように思えます。オンラインストアにも登場していますので、よかったら見てみてください。

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コットンカシミアリブニットキャップ

[グレー][カーキ]

hatsutoki books vol. 13 [ホテル カクタス]

2016.09.23

9月も下旬にさしかかり、ようやく秋の気配が感じられてきました。hatsutokiの2016年秋冬のテーマは「帰郷」ということで、帰る場所にまつわる本にしようと思います。今回紹介するのは江國香織の「ホテル カクタス」。

この本の登場人物は、きゅうりと帽子と数字の2。なんのことだか……と思われるかもしれませんが、全員、正真正銘本物のそれらなのです。きゅうりはおおらかな土地で育った、みずみずしくすこやかな青年で、帽子はかつては行商をしたり、占いをしながら転々と色々な持ち主を渡り歩いていた放浪者、数字の2は几帳面な性格で、割り切れない物事には耐えられない性格です。

彼らが一つのアパートで住まう日常が描かれた話は、可笑しみがありつつも、もしも私たちの身の回りのモノが話せたならば……と想像してしまいます。ばらばらな生い立ちを持つ者同士が、何かの縁で一つ屋根の下で暮らしている時間は家族や友人のようでもあり、自分たちの身近な関係と重なります。へとへとになった時に帰る場所や、話し込んで夜が明かせるような人がいることは幸せだなと、ふと思ってしまう作品です。

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